ラストソング
野村喜和夫




キリンの赤ちゃんは
2メートルもの高さのお母さんから産み落とされるため
怪我することも多いという
キリンにかぎらない
生まれるとは
何かしら出会い頭の事故のようなものだ

存在の鳥肌
存在の鳥肌

ぼくもそうだった
泣きわめいているとお母さんがやってきて
ミルクとことばを与えられた
どちらもぬるっとするので吐き出す
するとお母さんは
学校というところにぼくを連れて行ってくれた

存在の鳥肌
存在の鳥肌

やがて股間が重たく感じられるようになったので
保健室に行って
女医の香織先生にみてもらうと
ぼくの股間にぼくと同じ無数の微細な人間たちがいて
はちきれんばかりなのだという

存在の鳥肌
存在の鳥肌

ぼくはまた泣いた
でももうお母さんは来てくれない
ぼくはひとりでぼくのなかの無数の人間たちとたたかった
たたかっているうちに
いつのまにか年老いてしまったらしい
ぼくのなかの人間たちはだいぶ減ったが
われとわが身を眺めて
手指足指合わせて20本もあるということは
まだ常軌を逸しているような気がして
ばらまきたくなった

存在の鳥肌
存在の鳥肌

いまは秋
空気はおだやかに澄んで
ぼくという泣き虫をまるく包もうとしている
とりどりの黄や赤の葉っぱをそえて
人生は永遠よりも一日だけ短い
そんな気もしてくる
そのときだ
裏山ほどもあるひとりの大きな子供が
私を包む小さなまるい秋に気づき
サッカーボールのようにそれを蹴り上げようと
近づいてくる

存在の鳥肌
存在の鳥肌