息吹節

野村喜和夫



這う眼のさきへ息。
こころみに吹きかけて。
息のした。たまらなく秘匿され。
たまらなく胚かなにか。
ニュートリノ。燐光は立ち。
めぐりはいまも生まれたてのへこみや突起のうえ。
たまらなく渚。パレード。
水を通さない実名詞のうす膜。
それ。おまえはそれ。
たまらなくあえぎハアハアと。
たまらなくあやうく。
ひくく。
さらに水よりもひくく。
這う眼のさきへ息。
うちふるえ。なりあわさり。なりあまり。
こころみにヒトデ。
こころみに藻。
女波。
もの狂いの額ほどにあらわれている海!
呼ぶと呼ばれて。
走りだすひとのあぶら身あわく。
なまの。たまらなくなまの。
いつわりの。
まだ影を含む。
まだ泡。水母のまなざし。
まだ羊腸をまねている傷痕。
からみあい。ねじれ。のぼってゆき。
さける。
さける。
そぼ濡れの卑語らひらき。
流木ら。
へい。ペニンスラ。
何かしら手斧。
こころみに蛸へのドア。
たまらなく無名骨の蠱惑。
静謐。
空。どこへでも垂れて。
その大きな指のはらによっても消しえないよ。
たまらなく脈。
粒子状ざらざら。
それ。おまえはそれ。
這う眼のさきへ息。
息のした。夢のした。
思いのほか刺青めくそのけざやかめ。
たまらなくめくられ。
たまらなくむきだしの。
純粋の。
それ。ダンサーのあえなさ。
サムライのうすぺらさ。
縁日のふかさ。
そしてようやく頑ぜないセックス。
ようやく圭角をそがれた神経。
呑む。うたう。出かけてゆく。
かまうな。息は送りかえされない。
たまらなく波瀾にとみ。
たまらなく謎めいて。
たまらなく風。
こころみに耳。
いまここに胎蔵されるべき。
それ。息のかたち。
みえる曠野の不充足のさき。
ごった煮の道々をぬけて手にない蛇のうねる聖痕よ。

(『現代詩文庫・野村喜和夫詩集』より)