骨のカントー、肉のカントー

野村喜和夫



骨のカントー、
肉のカントー、
いまにも疾駆する姿勢で、
あわれ、馬でもない牛でもない、
いやはての哺乳類の骸骨の、
その首から上が、
西北西へそこを出ようとしている、
あとはまっくらくらな空間を、
分子となってあふれかえる一瞬の記憶の俺たちだ、
あわれ、馬でもない牛でもない、
いやはての哺乳類の骸骨の、
その首から下が、
乱高下する株価グラフのぎざぎざのあたりに、
捨て置かれた遊水池のうえの稲妻のあたりに、
みえかくれしている、
カントーのカが、それを喰って、
その下で、レオナルド・ダ・ヴィンチの、
人体デッサンの、
手が、観音のように振られている、
あとはまっくらくらな空間を、
分子となってあふれかえる一瞬の記憶の俺たちだ、
骨のカントー、
肉のカントー、
あわれ、馬でもない牛でもない、
いやはての哺乳類の骸骨の、
その首から上が、
東南東からそこへ潜り込もうとしている、
ああ、首の反復だ、
反復だ、

(初出「鐘楼」12号、連作「デジャヴュその他の街道」のうち)