スペクタクル二篇






あるいは顔貌



(なぜか葡萄でした)


なぜか葡萄でした、
そのつやつやと輝く果皮に、
顔が映って、
プファの顔、
プフィの顔、
つぎつぎ、直立した手弱女の乳房のうえ、
乳房のわき、ころがり、
落ちてゆきました、


ヘンデルのメサイアの、
清らかな声、
流れていました、
顔たちも涙を浮かべ、
その涙にまた、別の顔が映って、


やがて、妣の国への、
サヨナラサヨナラサヨナラ、
という名の洞、
のなか、つぎつぎ、
送り込まれて、
プフィの顔、
プファの顔、
泣きながら、歪みながら、
押し込むのも顔、
押し込まれるのも顔、
最後には涙、果肉とぐちゃぐちゃにまざって、
なぜか葡萄でした、



(木に顔が咲いて)


木に顔が咲いて、
どこかここは、
木に顔が咲いて、
たくさんの顔、私をみて、
私、うつむいて、穴だらけになって、
でも、剥くんだ、ひっそりと、
うなじのあたりから、
顔のない熱情、
いつかきっと、
顔のない熱情、



(生きるとは)


生きるとは、
濃密な闇、そのところどころ、
地から光が漏れて、
なんだろう、近づくと、
窓、地に穿たれた小さな窓、
開けると顔があらわれ、むくんだ顔、
打ちひしがれた顔があらわれ、
あわててその場を離れる、
つぎの窓を開ける、
今度は声だけ、たぶん録音された「主ヨ、
私ハ近ヅイテイマス」とか、
でもノイズが混じってよく聞こえない、
その場も離れ、生きるとは、
ようやく何番目かの窓で、一枚の、
地図のような顔、私の顔、
半ば泥に覆われて、
生きるとは、なお痙攣が、
繊い虫のように、
そこから逃れ出る、





そして虚ろなる母



虚ろ、なる、母、
アリ、ガト、


息長、
息長、


病院は木立に囲まれていた、
ナラとかサクラ、面会はたやすく、
どこのどなたですか、と母はたずねた、
苦笑いの私から、もうひとりの私が離れて、
ひんやりした廊下の奥に、大きな球体をみつけ、
近づいてゆく、外側は青くやわらかく、
ベルベットのよう、光を放っているようにもみえた、
私はゆっくりと前にまわる、みると球体は、
お椀のように大きくくぼんでいて、その内側に向かって、
あなたの息子です、と答えるべきだろうか、
内側においてはとても静かだ、青はいちだんと深みを帯び、
ずっとこのまま、ここにいることにしましょうか、
もう私たちのあいだに、話すことは何もない、
さらに覗き込むと、ほんとうに夜のように豊かな闇、
そのために、あるべきはずの底面が消し去られ、
私は吸い込まれてゆくようだった、どこへ、
と問われるならば、慈愛について少し、
考えてみます、と仮にことづけて、
病院の外、私は私を呼び寄せ、
耳鳴りがふいに高まった、


息長、
息長、


虚ろ、なる、母、
サヨ、ナラ、