スペクタクルあるいは波


野村喜和夫





不眠の夜の海は、アメリーの乳房のよう。
           --アルチュール・ランボー

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。
                   --中原中也



わたくしの果ての世の月明かりの
液晶の海に
ちらちら
みえているのは
あれは人魚でも波でもなく
眠れない女たち

人のうち
どこまでもやわらかく
重たげな肉をうねらせ分泌にみち
眠れない
とりわけ眠れない女たち

おおたえまなく寝返りをうつ女たち眠れない眠れない
するとたとえようもなく
うなじの明るみ
針を刺すと
ぞろぞろと白い虫たちがあふれ出すような

その照り映え
その照り映え
その照り映え

捕獲の網を手に
誰だわたくしは
夏の日の少年でもあるまいし
ただこんなにも睾丸が
睾丸だけが
卵黄のように垂れた月をまねて重い

そのあいだにも
眠れない女たちのすさまじいパーティだパーティ
ひとりが
パンプスをはいたままベッドを飛び越え
蹴り上げる昼の鬱屈の隣で
べつのひとりが
ベッドをたてて
くるくるとまわしはじめる
ワルツもうどうしようもなくワルツその照り映えその照り映え

わたくしの果ての世の月明かりの
液晶の海に
ちらちら
みえているのは
あれは人魚でも波でもなく
眠れない女たち

(連作「スペクタクル」のうち)